似ても似つかない別人
似ているといわれて嬉しい芸能人は?
http://ranking.goo.ne.jp/column/article/chumoku/1455/
世の中に・・・3人はそっくりな人がいると言われている。
しかし。
全然、本人と全然似ていないのに警察が本人の遺体として検証した恐ろしい事件をあなたは知っていますか?
この驚愕の事件はこれです。
山本美保さんDNAデータ偽造事件
概要
山梨県甲府市の山本美保さんは、昭和59(1984)年6月4日に、「図書館に行く」と家族に言い残したまま行方不明になりました。行方がわからなくなった4日後、美保さん所有のセカンドバックが新潟県柏崎の海岸において発見されまた。
その後、北朝鮮から韓国に亡命した権革(クォンヒョク)が「平成6年頃、北朝鮮国内において見かけた女性が山本美保さんにそっくりである」と証言し、北朝鮮による拉致被害者である可能性が強いとして特定失踪者リストに載せられました。
ところが平成15(2003)年、双子の姉妹である美砂さんの血液を採取し、そのDNAデータ鑑定の結果、失踪直後に発見された水死体が美保さんであるとして警察から発表がありました。ところが、警察が行ったとするDNA鑑定以外には、水死体と美保さんをつなぐ遺留品や身体的特徴がないため、美保さんの家族や支援者たちはこの警察の発表に疑問を抱き、真相の究明を求めて活動してきました。
上記の事件。
去年私が東京都庁で実施された拉致問題イベントで、失踪当時の山本美保さんの等身大の写真と、山本美保さんといわれた遺体の特徴イメージを見ましたが、全くの別人・・・としか思えませんでした。
そして事件は、下記の経過を辿る事になります。
県警の回答疑念なお
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamanashi/feature/kofu1243953285704_02/news/20090610-OYT8T01195.htm
7日に行われた自民党の全国一斉街頭行動では、「北朝鮮問題の全面解決」と書かれたのぼりが立てられた(JR甲府駅前で)
「官邸でお会いしましたよね」。衆院議員の小野次郎(55)が右手を差し出すと、特定失踪(しっそう)者問題調査会代表の荒木和博(52)は「あ、そうでしたっけ」と席を立ち、握手を交わした。
4月26日、特定失踪者・山本美保の実家に近い甲府市西部市民センターの一室で、二人が7年ぶりに再会した。
2002年3月19日、拉致被害者の家族たちが小泉首相と首相官邸で初めて面会した時に居合わせていた。当時、小野は小泉首相の秘書官、荒木は「救う会全国協議会」事務局長だった。二人は特に会話は交わさなかったが、互いの存在は知っていた。
この日は、小野の支持者が「少しでも力になれば」と、小野と、美保の支援者らを引き合わせた場に、荒木が訪れたのだった。
警察庁出身の小野は、秘書官時代を踏まえ、美保の問題を「数多い拉致問題の中の一つ」という認識を示した。美保の支援者たちが資料を示しながら説明すると、「これは拉致の可能性があるね」と感心したようにうなずいた。
「家族が納得できるように何とか力になりたい」。3時間半に及ぶ「陳情」に、小野はそう応えた。荒木は「真相が明らかになる足がかりになれば」と思った。
◇
「忘れない、あきらめない、北朝鮮による拉致問題!」――。JR甲府駅前で7日に行われた自民党県連の街頭活動。テーマは拉致問題だった。「県内にも特定失踪者はいる」。県連関係者たちは次々に演説したが、「山本美保」の名前はついに出なかった。
県警が、山形で見つかった遺体が美保と確認されたと発表した04年3月以降、30万人近い署名を集めた救出運動は幻だったかのように潮を引いていた。「もう終わったことでしょう」。県連関係者の中にもこんな声が聞こえてくる。
警察当局は発表当時、「美保は失踪直前に進路などで悩んでいた」と自殺の可能性を指摘していた。県警は今も、身元確認の根拠としたDNA鑑定結果は「否定しようがない重い事実」との認識は崩していない。そのうえで、「死亡に至る経緯」を捜査すると家族らに説明している。
だが、疑問は尽きない。
山形の遺体の死後経過と、失踪後の状況が矛盾するのはなぜか。美保とサイズの異なる遺留品の下着。失踪直後から実家へ4年半も続いた無言電話、北朝鮮の元工作員たちの目撃証言。自殺なら、なぜ縁もゆかりもない新潟県柏崎市の海岸を最期の場所に選んだのか――。
県警が4日、美保の家族らに示した回答書には、どの問いにも合理的な説明がされていないままだ。
横内知事は9日の定例記者会見で、県警の回答書について、「県警としてできるだけ疑念が晴れるように努力してもらいたい」と述べた。
県議会の中でも今月下旬に開会する6月定例議会で取り上げる動きが出てきた。「県民がこんな理不尽なことで苦しんでいるのに直視しないわけにはいかない」。ある県議はこう話す。
妹の森本美砂(45)は、美保との思い出が詰まったアルバムを見てつぶやく。「どうか『美保死亡』を取り消してもらえないでしょうか。誰かを責めるなんて気は毛頭ありません。私はただ姉と再会したいだけなんです」(敬称略、おわり)
(この連載は矢牧久明、池田寛樹が担当しました)
(2009年6月11日 読売新聞)
上記のニュースの遺留品。
そして、大町ルートについてこちらをご覧ください。
山本美保さんの家族を支援する会
http://web.me.com/k.yasushi/YAMAMOTO_MIHO/TRUE.html
身体的な特徴がまったく別人なのです。
そして大町ルートでは拉致や謎の失踪が頻繁に起きている事がわかります。
(上記、支援する会HPにて一部抜粋)
日朝鮮人の物流ルートとみられる道筋に、失踪者が点在している。
九十九里浜に面した千葉県北東部の旭市、海上町周辺で、年代は異なるが三人が失踪している。
特定失踪者調査会はこの地域に注目し、その理由を「旭市から東京→甲府→長野県大町市と経て、富山や新潟に至る在日朝鮮人の物流ルート(当時は砂鉄、水あめが大きな産業であった)『大町ルート』と呼ばれる道筋があり、何人もがこのルート上でいなくなっている」としている。
杉並区では1970 年代後半から80 年代前半にかけ6人もの方が失踪している。
(以上)
どうでしょうか。
私は、なんとも言い難い違和感を感じます。
拉致の可能性が高い、特定失踪者とよばれる方達が多く存在していることを知ってください。
現在も、山本美保さんのご家族や支援者の戦いはつづいています。
みなさんのご支援を宜しくお願いします。
神鬼
特定失踪者の拉致被害者政府認定を!
山本美保さんの家族を支援する会
http://web.me.com/k.yasushi/YAMAMOTO_MIHO/Welcome.html
特定失踪者調査会
http://www.chosa-kai.jp/
蒼き星々
http://8201.teacup.com/bluestars777/bbs
大阪ブルーリボンの会
http://osaka-blueribbon.org/
☆ご協力をお願いします☆
秋田美輪さん
1964年生まれの美輪さんは大学から神戸松蔭に入られ、1985年12月4日、当時神戸松蔭女子学院大学文学部国文科四回生在学中に(当時21歳)突然校門付近から失踪されました。
翌日兵庫県日本海側の竹野浜から美輪さんの所持品が見つかるなど、兵庫県警の捜査の時系列をたどるうちに、現在北朝鮮の拉致の可能性高い特定失踪者とされています。
秋田美輪さんの調査・及び救出へのご理解、ご協力をお願いします。
秋田美輪さんの早期帰国を願う会
http://save-akitamiwa.com/